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Selfishly

Selfishly

act 4 「彼らの理由」

Family's start

act4 「彼らの理由」


休みが開けての月曜。

エドワードの話を聞いてやらねばとは思っていたのだが、
前日の宴会から、やはりと言うか予想どうり、
酔いつぶれたメンバーは、全員泊まり込みし、
日曜も、きっちりと夕飯を食べてから寛いだ後に
やっと帰っていった。
そのまま、ロイの家から出勤したそうな面々を
ロイが強引に追い返した頃には、もう就寝の時間に近かった。

『結局、エドワードに時間を作ってやれなかったな・・・。』
ロイとしては、申し訳ない気持ちを抱くのも当然だろう。
エドワードが越してきてから、もういい加減それなりの日数が、経ったと言うのに
今だ一向に、時間を割いてやれてない状態できてしまった。
エドワード本人は、ロイの激務をわかっている為か、
別に急かす素振りも、不満そうな様子も見せないが、
時間を取って欲しいとは思っているだろう・・・。

『今週こそ、週末の休みを確保して
 エドワードと話す時間を作ろう。』

そう決心しながら、珍しく勤務に専念していた。

「?」

一区切りついて、顔を上げてみると
閑散としている自分の部屋に、違和感を感じる。

違和感の要因に思いあたって、ロイは飲み物を取りに行くついでにと、
隣のメンバーのいるオフィスの扉を開ける。

隣では、まだ忙しく働いている面々が見える。
ロイが何気なく立ったまま、周囲に視線を泳がせていると、
気づいた補佐のホークアイが訊ねてくる。

「マネージャー? どうかなさいましたか?」

それに、心ここに在らずな返事を返す。

「いや、まぁ コーヒーでもと。」

「コーヒーですか?
 内線でご連絡頂ければ、お持ちしましたのに・・・。」

すぐに立ち上がり準備を始めようとするホークアイを引き止めて
気がかりを訊ねる。

「そのぉ、エドワードは、どこかに出かけてるのかな?」

曖昧な様子のロイの態度も、今の言葉で合点がいったホークアイが
小さく微笑んで、答えてやる。

「エドワード君は、もう、今日は仕事が終わったんで
 退出したんですよ。
 
 珍しく専念しておられるようなので、
 余計な水を差さないようにって。」

今度は、あきらかに笑っている表情のまま告げられた言葉に
ロイが憮然とした表情を浮かべるが、
ホークアイは気にせず、コーヒーの準備をしに行ってしまう。

「なんだ・・・、一言くらい声をかけてから
 帰ればいいのに。」

小さな声で、拗ねたような発言を呟く。

ガヤガヤと騒がしいオフィスでは、
そんな呟きなど、誰の耳にも入らないと思っての事だが、
ロイの立場から考えれば、周囲の耳目が集まっている事は
当然、理解できていて当たり前だったはずで。

「エドの奴も、何回か声かけてたようですよ。
 でも、マネージャーが上の空の返事してたみたいなんで、
 後から文句言ったら、そう伝えてくれって言付けがありました。」

ブレダの返答に、内心、やや恥ずかしい気持ちになる。
子供のように拗ねた言動を聞かれていたのも恥ずかしいが、
自分の不注意を、更に先読みされたようなエドワードの行動を知ると
まるで、どちらが大人で、どちらが子供なのか、わかったものではない。

「そ、そうか、わかった。」

兎に角、体面取り繕って返事を返す。
そして、ふと思いついた事を聞いてみる。

「そう言えば、ブレダ。
 先週末の国立病院のクライアントの件は、返答済みか?」

「いえ、どっちにしても、ここまでのデーター資料も
 持って行く約束なんで、一段落ついたら
 今日訪問する事にしてあります。」

「そうか・・・。」

短い返事を返したまま、考える素振りを見せるロイに
ブレダが怪訝な視線を向ける。

「お待たせ致しました。」

ちょうどそこに、コーヒーを持ったホークアイが戻ってくる。
良い香りのするコーヒーを受け取りながら、
小声でホークアイに話しかける。

ロイの言葉に、一瞬渋い表情を浮かべるが、
必死に説得してくる相手の様子に、諦めたように大きなため息を吐き出し
頷いてやる。
その返答に、嬉々とした表情で、自分の部屋に戻ると
手早く帰り支度を整えて扉を出てくるロイに
メンバーが、何事かと視線を向ける。

「ブレダ、資料を渡してくれ。
 私が直接話した方が、向こうも納得するだろう。」

ロイの言葉に、驚いたように目を見開くが
思量深く頷いて、資料を手渡して礼を告げる。

「すみません、宜しくお願いします。」

「ああ、届けたら、私は そのまま直帰するんで、
 皆、後の事は頼む。」

それだけ告げると、サッサと出ていくロイを
メンバーは唖然と眺めて見送る。


「一体、どうしたんすか、マネージャー。」

デートの時以外で、あんなに急いで帰ろうとする姿は見た事もなく
ここ最近、デートの約束の話も聞いた事がない。
ハボックが、首を捻りながら、ロイの行動の理由を考えていると。

「それが、今日はクライアントに会ったら、
 早め帰りたいと言い出されて。」

戸惑ったような表情を浮かべて、補佐のホークアイも
困惑を隠せないようだ。

「よく、許可しましたねー。」

「ええ、代わりに明日からは、さぼらず倍働くとおっしゃるんで。」

苦笑を浮かべて語られた言葉に、聞いていた者が
それは、それは!や、画期的ですな!、天変地異の前触れかも、
などなどと、はやし立てている。
それを聞いていたホークアイは、頭が痛むのを感じていた。
普通、サボらず働くのは、勤め人として当たり前の事だったのではないだろうか?
思わず、自分の観念を疑いそうになる。

「・・・多分、見舞いじゃないでしょうかね。」

ポツリと挟まれた言葉に、皆が一斉にブレダに視線を集中する。
どういうことだ?と投げかけられるメンバーの視線の問いかけに
答えていく。

「先週、俺がエドの奴を病院に入っていくのを見かけてな。
 気になったんで、マネージャーに聞いてみたんだ。

 そしたら、エドの弟の奴が入院してるらしくて。
 マネージャーも、詳しくは聞かされてなかったようだから、
 多分、様子を伺いがてらじゃないのか。」

ブレダの話に、周囲がシーンと静まり返る。
いつも、元気で明るいエドワードだからこそ、
予想もつかなかった。

「なんだよ・・・、水臭いな。」

「気い使ってんだよ。
 忙しいマネージャーとか俺らに、余計な気を遣わせまいと。」

「まだ、子供なのにな。」

子供と言うには、しっかりしすぎていて
ついつい、容姿以外は、エドワードの言動から子供だとは
思わされなかった彼らだった。
が、本来の歳から考えると、十分子供と言える歳だったのを思いだす。

妙に気落ちしたようなメンバーに、ホークアイが冷静な言葉を投げかける。

「とにかく、その件は、エドワード君が話してくれるようになるまでは、
 私たちからは聞かずに、今までどうりにしていましょう。
 彼が理由もなく、隠し事をしようとする子ではないでしょ?」

短い付き合いではあるが、エドワードの気質も性格も
皆、きちんと理解し掴んでいる。
待つのも大人の役目なんだと納得させながら、
個々、頷いて賛成を示す。



「では、ご理解頂けたとうり、研究ベースは
 こちらの計画で進めさせて頂きます。」

NRI東方マネージャーが直接訪問してくれた事に舞い上がる院長が
長々と、感謝の言葉を続けようとしたのを制して、
さっさと本題に入り、手短に、簡潔に話を進められ、
歳では半分位のロイに、気圧されたような形で、
必死に話を理解して行こうとするが、
正直、専門の知識が不足していて、半分も理解できなかった。
どちらにしても、自分の分野ではないし、
専門の担当に指示書があるのだからと、
最後には、諦めながら頷くだけにする。

「いや~、感服致しました。
 さすが、その若さでNRIの支部を統括されているだけはある。

 どうですかな、お近づきの印に、今日の夕食でも・・・。」

と、誘いをかけてくる院長に、にこやかに断りを入れ、
聞きたかった事を、訊ねてみる。

「ところで、少しお聞きしたい事があるのですが。」

誘いを断られ、内心ガックリとはしたが、
ロイのにこやかな態度に、気分を持ち直して
愛想良く返事を返す。

「おおっ、なんなりと。
 私で答えれる事があるとは、光栄です。」

「ここに、アルフォンス・エルリックという少年が、
 入院しているはずなのですが、ご存知でしょうか?」

「はっ? アルフォンス・・・エルリックですか。
 あっああ、はいお預かりしておりますが?」

何か落ち度でもあったのだろうかと、顔色を変える相手に
ロイは、温和な雰囲気を作って安心させてやる。

「いえ、兄の者を私が預かっているのですが、
 弟ごの方には、挨拶もまだでしたので
 この機会にとも思いまして。」

ロイの返答に、安心するだろうと思った院長の反応は、
ロイの予想とは違って、戸惑いを濃くしている。

「挨拶・・・ですか?」

「ええ?」

「まぁ、顔を拝見される位でしたら出来るとはおもいますが・・・。」

微妙な言い回しに、今度はロイの方が怪訝な表情を浮かべる。

「弟さんは、そんなに容態が悪い方なんですか?」

ロイは、心配げな様子を見せて相手に伺ってみる。

「いや! 当方でも最善の手を尽くしております。
 が、何というか、転院された時と同じと言うか、
 そのぉ、変わらずというか・・・。

 もちろん、悪化させたりはしておりません!
 当方も、セントラル国立に勝るとも劣らぬ医療を誇り・・・。」

延々と続きそうな自賛を、一言で止める。

「要するに、悪化はしていないが、快方にも向かってないと?」

ロイの容赦ない言葉に、瞬間、気色ばむが
逆らっても無駄な事は、身にしみている院長は
大人しく頷く。

「はぁ、手は打てるだけ処置しているのですが、
 何せ、前例がないだけあって、いかんともし難く。」

前例がない病・・・その言葉に惹かれて、ロイは聞いてみる。

「申し訳ない。
 私も詳しくは知らせれていないので、
 彼、アルフォンス・エルリックの容態を
 お聞かせ頂けますか?」

「はっ? ああ、そうだったんですが・・・。」

失態を追求されるわけでなく、相手も知らない事実にホッとした院長が、
安心感から、ロイに語りだす。




思ったより長くなった訪問を切り上げ、
アルフォンス・エルリックが入院している部屋へと向かう。
向かいながら、ロイの心境は複雑な思いで一杯だった。
アルフォンス・エルリックの病状は、心身喪失疾患とでも言えば良いのか、
全く外部の反応に感知しない。
だからと言って、脳波に以上があるとか、神経組織や
身体のどこかに支障があるとかでは全くない。
どんなに調べても、全く健康な正常な身体で、きちんと動くはずなのだ。
が、反応が帰って来ない。
症状は、植物人間と同じと言えるのだが、
どこにも異常がないのだ。
脳波は、寝ている状態に近く、これが正常な人間なら
時がきたら、自然と起き上がって、いつもと同じ日常を繰り返しても
何らおかしくない状態・・・にも、関わらず
ただただ、ひたすら眠っている。
ガバナーからの要請でVIP扱いで入院しているのだが、
治療は全く成果を見せず、今後の治療の手立ても
見つかっていない。
ただ今は、生体維持の為に施せる事を行っているに過ぎない。

『まるで、魂のない抜け殻とでも言うんでしょうかな・・・。』

困惑気味に最後に付けられた言葉が、ロイの心に深く落ちてくる。


エレベーターを降りると、豪奢なフロアーに出ていく。
この階は、VIP入院用な為、設備や調度の1つ1つも、
病院と言うよりは、立派なホテルの装を見せている。

扉も多くはなく、間取り広く取られているのだろう。
ゆっくりと廊下を歩いていくと、置くには更に豪奢な扉が1つ。
ここは、1人の為の個室だ。
個室と言っても、中は広めの部屋がいくつかあり、
家族と共に入院患者が、そこで生活できる環境が
整えられている。

ロイは、案内も請わずに静かに扉を開いて中に入る。
上流階級の家を模したような造りの中、
奥から賑やかな声が聞こえてくる。

「エド君、そんな意地悪してたのー。」

明るく笑いながらの声が複数聞こえてくる。

「意地悪じゃないぜ! 当然の報復だ、なっアル?」

「そのネコちゃん、かわいそうにねぇ。」

先ほどの声とは声質の違う声が、そう返している。

「でも、捕まえなきゃ、俺らが食いっぱぐれるんだぜ。
 俺と、アルも、もう必死でさー。」


聞こえてくるのは、本当に明るく、楽しそうで
とても、重病患者の部屋とは思えない。
しばらく聞き入っていたが、検診だったのか
退出の挨拶を交わしているのが聞こえて、
思わず、手前の扉に身を滑り込ませる。

じゃーねー、また等の明るい挨拶をしながら、
看護婦達が廊下を歩いてくる。

「本当に偉いわね・・・。」

「ええ、私なら耐えられないわ。
 全く反応を返さない相手に、ずっとああやって
 語りかけていくなんて・・・。」

小さく交わされている会話は、ロイの潜む部屋へと伝わってくる。

看護婦達が、扉を開けて出て行ったのを確認した後、
部屋から出て、エドワードと弟がいるのだろう部屋まで近づいていく。

「でさぁ、そいつらが皆好い奴ばかりでさ。
 週末そんな風に過ごしてたんだ。

 あっ、お前拗ねてんだろ?
 俺が、週末来れなかったからさ。

 ごめんって、兄ちゃんが悪かった。
 いつかお前にも会わせてやるからな。
 それで、許してくれよな。

 おお、許してくれるか?
 さすが、俺の弟だ。」

扉の外で会話を聞いているだけだと、
仲の良い兄弟の、日常の会話のようだ。
・・・相手から、全くの反応が返らないと言うだけの。

「でさ、今はロイの奴も忙しいから中々教われないんだけど、
 もう少ししたら、俺から頼んでみるから
 もうちょっとだけ待っててくれよな?

 なぁ~に、天才の俺様にかかれば
 すぐにマスターして見せるさ。


 だから・・・、それまで少しだけ待っててくれよな・・・。」

最後の言葉は、重い祈りの言葉のように告げられている。
祈りと言うよりも、それは懺悔に近いのか。

ロイは、ゆっくりと名を呼ぶ。
悲しい一人芝居を続けている孤独な子供の名を・・・。


 「エドワード…」

 ふいにかけられた声に、エドワードが驚いたように振り返る。
 「ロイ…」

 しばらく、ロイの顔を見つめていたが、仕方無さそうに笑みを浮かべ
 寝ているアルフォンスの方に向き直す。

 「ほら、アル。 俺が言ってた上司のロイだ。
 ロイ、こっちが俺の弟のアルフォンスなんだ」

 ごく普通のように紹介するエドワードに、ロイも答えて挨拶を返す。

 「ロイ・マスタングです。 君のお兄さんには、いつもお世話になってます」

 そう自己紹介をしながら、会釈を返しているロイに、エドワードも笑みを浮かべる。

 「でも驚いたな。 何で、こんな所まできたんだ?」

 情報を、すでにロイが知っていたとしても、おかしくない事をわかっているエドワードは、
 そう聞いみた。

 「いや、今日はたまたまクライアントに、データーを渡すついでがあってね」

 ロイの返事に、エドワードが真実を問うような笑みを向ける。

 「そう?」

 「…、実は弟ごの容態までは知らなくてね。
 たまたまブレダが、君がここに入って行くのを見かけてね。
 少し気になって…」

 「…驚いたろ?」
 「…ああ」

 エドワードに誤魔化しがきくはずもなく、ロイは正直に答える。
 ロイが気まずそうにしているのに、エドワードは気にさせないように話をする。

 「ロイ。 もし、変な同情心を浮かべてるなら、それは必要ないからな。
 アルの奴は、病気でもなんでもないんだ。
 それに、俺が必ず、戻してやるつもりだから」

 顔をあげ、ロイの目を見て、毅然とした口調で話すエドワードからは、
 確かに、彼が言うように、同情が必要には思えなかった。
 が、しかし…。

 「アルがこうなったのは、俺の責任だ。
 それに、元に戻せないわけじゃないんだ。
 …ただ、戻すには、今の俺の力量では難しいってだけなんだ」

 「君のせい? 力量では難しいとは…?」

 エドワードの言っている言葉の内容がわからず、ロイは繰り返しながら、問いかける。

 「まぁ、それはちょっと長くなるから。 良かったら、戻ったら聞いてくれるか?」
 
 そう言うエドワードの表情が、余りにも真剣で、少しだけ辛そうだったから、
 ロイは、無言で頷くしか出来なかった。



 こんな時でも、手を抜かないエドワードは、まずは食事を先にしようと準備を始めた。
 手際よく作られ、食事はあっと言う間に用意が整い、
 二人して食卓を囲むが、いつもは何やかやと話題を振ってくるエドワードも、
 今日は、口数も重く、食も進まないようだった。
 つられたように、ロイも黙々と食事を済ませる。

 リビングで、エドワードが用意したお茶を飲み始めると、
 黙りこんでいたエドワードが、決心したように顔を向けて、語りだす。
 
 「俺らの父親が、早くに居なかったのは知ってるかな?」
  
 「ああ、ガバナーからの資料で」

 短い返答に、エドワードも頷く。

 「…俺らはその後、母さんと3人で暮らしてきた。
 父親はいなかったけど、もとから、自分の研究に没頭してたような人間でさ。
 酷い話、居なくなっても、あんまり違和感もなかったんだけど、
 母さんの時は、俺ら、本当にショックでさ。
 亡くなった事を、現実の事とは受け止めれなかったんだ。

 その後の俺らの事は?」

 ロイがどれ程知っているのか?と訊ねてくる。

 「いや…、詳しくは、私も知っているわけじゃないんだ。
 確か君らは、母親が亡くなられてから、親戚筋の人間に引き取られたとしか」

 そう答えながら、ロイは自分の怠慢振りを情けなく思っていた。
 自分の立場なら、簡単に情報を集めれたはずだ。
 なのにそれもせず、ただ安穏と、自分の事にばかり気を取られて過ごしていた。

 そんなロイの悔恨を、エドワードは気にする事もなく、話を続ける。

 「ああ、母親の従姉妹の人がさ引き取ってくれて、結構、楽しく過ごしてたぜ。
  だから、あんたが気にするような、悲しい境遇ってわけじゃなかったから、
  あんま、考えるなよ」

 そう微笑みながら告げられると、ロイとしても、複雑な心中はおいといて、
 頷くしかなかった。

「で、俺らがその親戚の家に行ったのは、もちろん、師匠が引き取るって、
 言ってくれたからなのもあるけど、他にも、結構、引き取りたがっていた家はあったんだ。

 ほら俺らって、アルケミストの末裔だからさ」

 確かに、アルケミストの末裔なら、どこの家でも引き取りたがるだろう。
 特殊な力を持つアルケミストは、将来性においても価値が高く、有望視されている。

 「弟さんも?」

 これには、ロイも驚いた。
 確かに家系で良く排出される血族もあるらしいが、そういう家系はすでに
 ある程度の立場が決まって名が知れている家柄が多い。
 しかし、ロイの優れた記憶力でも、エルリックと言う家名の血筋は聞いた事が無い。

 「ああ、正確に言うと、親父も、その親戚の従姉妹もそうだ。
 だから俺らも、一般の家庭じゃなくて、その従姉妹の人、イズミさんってんだけど、
 そこに弟子入りさせてもらったってわけ」

 「そんなに…?」

 信じられないように呟くロイに、エドワードが頷く。
 少なくとも、エドワードの血筋には、4名ものアルケミストが生まれているわけだ。
 どうして今まで、名が広がらなかったんだろうか…。

 「あんたが驚くのも無理ないよ。
  普通、そんなに生まれるもんじゃないそうだ。
  俺らの親父や、師匠が生まれたときも、かなり親戚筋では驚いたらしいからな。
  そこに、今度は俺らが兄弟揃ってだろ?
  
  でも、俺らの家系は、ずっと昔から、例えアルケミストが生まれても
  それは公にはしないって決まりがあってさ。
  律儀に皆、守ってきたってわけ」

 「…また何故?」

 「さあな? その方が、妙ないざこざに、巻き込まれずに済むからじゃないか?

  それに、母さんが嫌がってたからな」

 アルケミストの素質がある子供は、国が引き取り育てる事が多い。
 NRIが、その筆頭とも言える。
 より優秀な部下を持とうとするNRIでは、資質のある子供を、早くから引き取り
 教育を施していくようにしている。
 ただ、それは強請ではない。 あくまでも、本人や家族の了承の下なのだ。
 が、幼いアルケミストを育てることは用意ではない。
 力の制御が出来ないアルケミストは、普通の人では育てるのも
 一緒に生活をするのも困難なのだ。
 だから、強請せずとも、親御から出される子供も少なくない。
 
 「母さんは、俺らが国に引き取られるのは、絶対に嫌だと言ってたし、
  俺らも、当然、嫌だったしな」

 それに、運が良かった事に、父親がアルケミストだった事もあり、
 幼少から、母親がきちんと育ててきたのと、エドワード達が
 自分の能力をコントロールするだけの知識を持つこともできた。
 
 「だけど…、本当にそれで良かったのかって、今は思ってる。
  きちんとした教育を受けてれば、あんな事をしでかそうなんて、
  きっと、思わなかったろうから…」

 話が、本題に入りそうな気配に、ロイの表情も引き締まる。

 「俺らは、過信しすぎてたんだ。
  自分達で言うのもなんだけど、結構、能力は高いほうだったと思う。
  親父も、血族でもずば抜けた方だったらしいからさ。
  俺らの能力が、幼いときから抜きん出てたのは、
  皆が言うのからも、解ってたしさ。

  それにあの頃は、どんどん練成が上達しててさ、
  俺らも、面白くて仕方なかったんだ」

 エドワードは、ここまで語ると、膝に乗せていた拳を握り締め、
 唇を噛み締める。

 「だから間違っちまったんだ。
  …… 母さんを取り戻せると……」

 「エド…ワード…」

 ロイは、衝撃を受けたような表情を浮かべて、目の前で黙って俯いてしまった少年を見る。

 『なんと言った…今、彼は…?』

 信じられないものを見るように、ロイはエドワードを凝視する。
 もし、ロイの推測が当たっているとしたら、彼らが行った事は
 途方もない禁忌だ。

 黙り込んだロイの表情を、顔を上げたエドワードが一瞬で読み取る。

 「ああ、そうだ。 俺らは、禁忌を犯したんだ」

 ゆっくりと語られた言葉は、ロイの胸の中に、
 重く落ち込んでいく。







アルケミストと一般世界での約束事の中には、
通貨の偽造を行わないと言う決まりがある。

そして、アルケミストが代々守ってきた不文律・・・、
「生体練成」と「人体練成」は、規約が多々ある中でも
最大の禁忌とされてきた。

人の身体を素原料としての、練成はしてはいけない。
そして、亡くなった人間を造ってはいけない。

これは、道徳から考えても、人道的にみても、
人が手を出して良い領域ではないのだ。
リバウンドの大きさも、通常の練成の負荷とは比べ物にならず、
術者はもちろん、周囲への甚大な被害も予想される。
だからこそ、幼い内から何度、何十度、何百度も教え、諭されて、
記憶の根源に埋め込まれるまで、教育される。
教え込まれたアルケミスト達は、幼い頃からの洗脳に近い教育の成果で、
その禁忌に対して、怯えと、少しばかりの畏怖を持って、
忌み嫌うのだ。

しかし、それほど社会では、その禁忌に懸念を持たれていないのは、
術が高度すぎる上、誰も成功した者がいないからだ。

なのに、それをこの目の前の子供が、成し遂げようとしたと言うのだろうか。

ロイは思わず、目の前の子供を凝視してしまう。
いくら真似事をしただけとしても、本人が話すほどの術など出来ていなかったとしても、
試みようとした事は間違いないのだろう・・・。

『真似事・・・? この恐ろしく優秀で、聡い子供が
 真似事で、そんな危ない賭けをするだろうか・・・』

それに、彼の手足は? 入院している、意識のないままの弟は?
何より、練成陣を使わずに出来る、彼の練成方法は・・・。

考えれば考えるほど、この子供の話す事が、真実だと、
ロイの中で彼自身が告げている。

ロイの長い沈黙の間も、エドワードは裁かれるのを待つ罪人のように
神妙に頭を垂れて、沈黙を守っている。

ロイは、目まぐるしく回る、思考や感情の波を、出来るだけ押さえ、
努めて冷静に考えようとする。

「・・・で、その練成は上手く行ったのか?」

結局、言葉として出てきたのは、そんな答えのわかりきったような問いかけだった。

エドワードは、呆けたような表情で、ロイを見上げてくる。
しばらく逡巡してから、口を開いた。

「いや・・・、当然、失敗した。
 練成にはミスはなかったと思う。
 ただ・・・、練成で何とか出来る領域ではなかったって事だったんだと思う」

「・・・そうか」

ゆっくりと息を吐き出しながら、そう返事を返すのが、精一杯だった。

「で、その時のリバウンドで、俺は手足を・・・正確に言うと
 手を無くし、弟は全てを持っていかれた」

太腿に置かれている拳が、力を籠めすぎて震えている。
人体練成の事を語る時より、更に彼が苦しそうに見えるのは、
今尚、苦しみが続いている差なのだろう。

「手・・だけ・・?」

エドワードの言った言葉に、引っ掛かりを感じる。

「そう、手だけだった・・・最初は。

 その後、弟の身体を取り戻すのに・・・足を持ってかれた」

そのエドワードの言葉に、またしても言葉がなくなる。
いや、言葉だけではない、思考さえも停止してしまった気がする。
エドワードの話す事は、ロイの予想の範疇を大きく凌駕している。
人体練成だけでも、常識外なのに、今度はリバウンドされた者を
取り戻したというのか・・・。
果たして、そんな事が出来るのだろうか・・・、
いや、エドワードがそう言うのなら、それが真実なのだろう。

「一体、どうやって・・・」

いや、どうすれば、そんな事が可能になるのかと、言いたかったのだが、
ついていけない思考が、言語中枢さえもおかしくさせているようだ。

「向こうには門があるんだ。
 持って行かれたものは、何であっても、その扉の中に入れられて、
 閉められちまう。 一旦閉じ込められると、簡単にはその扉は開かない。
 ただ例外がある。 その扉を開くだけの、交換できるものがありさえすれば
 扉は呼応して、門を開くんだ・・・受け取る為にな。

 アルを持っていかれた時、俺は自分と交換してでも、あいつを取り戻すつもりだった。
 でも、どうしてだか、戻ってきたのはあいつの身体だけだった。
 そして、それに気づいたのは、取り戻したと安堵して、意識を失った後だった。

 目が覚めて気づいてみたら、あいつの体の中は、もぬけの殻だったってわけだ!」

己の愚かさと、無力さに打ちのめされ続けているのだろう、
エドワードは、堅く握った拳を、自分の太腿に打ちつける。

彼の悔恨は、ロイの目から見ても、痛々しく哀れに映る。
が、そんな同情じみた感傷など、彼の苦しみの深さを考えれば、
不必要な事だろう。

「それで君は、一体どうしたいわけなんだ」

この今も抗い、戦い続けている孤高の子供の真意は、どこに向けられているのだろうか。
そして、一体、ロイに何を望んでいるのだろう・・・。
彼がここまで話したのだ、ロイには聞いてやる義務がある。
そして・・・、自分に出来る事ならば、何とかして手助けしてやりたい。
そう、自然に思えるのは何故なんだろう?
まだ、知り合ってから月日も浅い。
互いの事も、全く知らないような二人だ。
なのに、何故こうも、彼に、彼と言う存在に惹きつけられるのか。
ロイは、自分の中に生まれた感情に、戸惑いと不思議を感じるが、
それらの感情の中には、嫌悪も疎ましさもない。
ただ純粋に、この子供の助けになりたいと思う、自分自身に向けられている。

ロイの返す言葉に反応したように、エドワードの肩がピクリとはね、
初めて知る不思議な生き物を見るような目で、ロイをじっと見返している。
ジロジロと穴が開くのではないかと思われるほど、強い視線がロイから離れない。
エドワードが、何度か口を開こうとするが、言葉は発せられないまま、
しばらくすると、諦めたように、呆れたように、大きなため息を付く。

「あんた・・・、本当に変わってんなー。
 普通、こんだけ聞いたら、思わず引かないか?
 ・・・俺、忌み子なんだぜ?
 それも、最大の禁忌をおかした。

 石を投げられて、追い払われても仕方ない人間なんだぜ?
 普通・・・普通の奴なら・・・まず、叱るとか責めるとかするんじゃないの?」

ロイに助けを借りたいとやってきたと言うのに、
エドワードは、巻き込む事を恐れているかのように
そんな事を言う。

『本当に、この子は優しい子なんだな・・・』

その優しさが罪を犯させたのだとしても、
ロイには、エドワードを嫌いになどなれないし、
責める気になどならない。
この子供は、ずっと罰を受け続けている。
それでも、打ちひしがれてなぞおらずに、
贖罪をする為に、頭を上げて前を見続けている。
そんな彼を、どうして嫌いになぞなれるだろうか。
ロイは、そんな思いのまま返事を返す。

「君は罪から目を逸らさず、逃げずに償おうと頑張っている。
 そんな子供を応援するのは、家族の役目じゃないのかな?」

そうロイが、微笑んで返してやると、
エドワードの大きな瞳が、よりいっそう広がり、
綺麗な瞳に複雑な感情の光を宿す。

『綺麗だな・・・』

そんな馬鹿な事を思い浮かべながら、
ロイは微笑んでやる。 エドワードが勇気を出して、自分に告げれるようにと。


少しの間が両者の間に流れた。
エドワードは、躊躇う様子で視線を彷徨わせていたが、
一呼吸つくと、顔を上げて、しっかりとロイと視線を合わせる。

「俺に・・・俺に、あんたの錬金術を教えて欲しいんだ」

真剣な瞳には、先ほどまでの複雑な彩は浮んでおらず、
強い意志を示すような輝きが宿っている。

ロイは、予想できていたエドワードの言葉に
慎重に返事を返す。

「それは一体どうしてかな・・・と尋ねても?」

あくまでも、エドワードの意思を尊重する姿勢を崩さないロイに
エドワードは、何故だか泣きたいような気持ちになった。
自分が話した事も、話そうとしている事も、
無茶な話だと言うのに、ロイは否定もしなければ責めもしない。
彼から感じるのは、エドワードを理解しようとしてくれている思いやりだ。

エドワードは、緩みそうになる涙腺を引き締めて、
ロイに話を聞いてもらう為に、自分の奥底に仕舞っていた話を語りだす。

「俺、じいさんがあんたを選んできた時に、あんたの事を調べさせてもらったんだ。
 もちろん、プライベートな事じゃないぜ。
 公式のNRIのあんたの職歴とか資格とかだけど・・・。

 あんたが、アルケミストで、得意な分野が気体を扱う錬金術で、焔を練成するのに長けていて、
 どれほどの焔や気体を扱えるかとかだけど。

 じいさんには、俺を引き取るときの条件に、優秀なアルケミストの下で
 勉強させてくれとだけ頼んだんだけど、資料をみてわかったんだ。

 あんた程の適任はいないって」

熱の籠もる口調に、視線を受けて、ロイはくすぐったい気持ちになる。
エドワード自身は気づいていないのかも知れないが、
彼の口調にも瞳にも、ロイへの憧憬や賛辞の念が溢れている。
・・・もちろん、アルケミストとしての能力に限られているのだろうが。

ロイが認めてきた中でも、群を抜いていると思われる彼から
これほどのストレートな褒めの思いをぶつけられれば、
嬉しさと照れる気持ちが起こっても、不思議でない。

浮かれそうになっている気持ちは、次のエドワードの一言で凍りつく。

「だから、あんたに教えてもらえれば、扉をこじ開けて
 アルの身体を取り戻す事が出来るって」

その言葉に、ロイは無言で、目の前で熱真にロイに語りかけている子供に
凝視する。

『・・・扉・・・。
 それを開けるには、等価に成り立つ代償がいると言う・・・?』

ロイの戸惑いが、なへんにあるのかに気づいていないエドワードは、
説明が足りなかったかと思ったのか、扉への説明を付け加えてくる。

「扉の話は、さっきしたよな。
 その扉ってのは、開けるだけで大量のエネルギーが必要になるんだ。
 あれをこじ開けて、中に閉じ込められているアルフォンスの精神を取り戻そうとするには、
 その間、開けているのを維持できるエネルギーが必要なんだけど、
 俺の錬金術は、主に物質から生み出すもんで、物質がない世界ではあんま役に立たないんだ。
 扉自体を練成するのは、当然無理だし。
 あれは、そう言う理から外れてるからさ。
 
 なんで、この世界から持ち込んだ方がいいってのが俺の結論なんだけど、
 大量のエネルギーを凝縮して持ち込む方法を考えてたんだ。
 そこで、あんたの練成を知った時、俺は『これだ!』って思ったんだ。

 重化学反応を起せるだけど元素を持ち込んで、コントロールを可能にすれば、
 膨大なエネルギーを生み出せる。
 そうすれば、あの扉を開かせるだけのエネルギーが発生する」

研究者の顔つきになって、熱心にエドワードは語る。
それが、どれほどの危険を伴うか・・・もちろん、知った上で。

ロイは、からからに乾いている口内で無理やり唾を飲み込むと、
張り付いていた舌を懸命に動かそうとする。

「まっ・・待ちたまえ。
 きみが・・言っている事は、それは理論上の話だろう?
 不確定な考察から、理論を展開するのは・・・。

 第一、その扉が、君が言っているとうりに反応するとは・・・」

「反応するんだよ」

ロイが、エドワードの理論の展開の反古を指摘しようと試みると、
エドワードは、すかさず言い切ってくる。

「扉の向こうには、莫大な情報が渦巻いてる。
 あの扉を開けた者は、その恩恵を受けるのと同時に、
 下手すれば取り込まれて、その情報の1部になる運命だ。
 
 俺は、たまたま、取り込まれずに戻ってきた。
 その結果が、練成陣なしの俺の練成方法だ。

 要するに、俺自身が練成陣になってしまったっという。
 
 扉に近づき、あるいは、通り抜けて戻ってきた人間は、
 印が付けられる。
 その世界の1部だというように。

 俺は、その中から、扉の情報を引き出したんだ。
 だから、俺の言葉に間違いはない」

とんでもない話を、まるで種を明かすように簡潔に伝えてくる。
この真実を知る者が、世間には一体何人いると言うのだろう。
扉と同化し、情報を共有する事が出来る。
そして、その扉は無限の力を秘めている。

それを自由に扱える人間がいるとしたら・・・、
そして、それを知る人間がいたら、
彼の意思や存在に関係なく、捕らえようとせずには、
おれないのではないだろうか・・・。

彼は、そのことを、どこまで理解できているのか?

「きみ・・きみは、その話を・・・ガバナーには・・・?」

ロイが、恐れているように聞いてきた言葉に、
ロイの考えている事を察したエドワードが、
薄く両端を上げて笑みを浮かべる。

「まさか、話すわけないだろ。
 俺だって、自分の今の存在の意味が解らないほど
 子供じゃない。

 じいさんは、真意はわかんねえけど、どうやら、禁忌を犯すほどの
 俺の頭脳が欲しいらしい。
 自分の地位を、さらに安泰にする為なのか、
 自分の血族の将来を考えてかはわかんねえけどな。

 だから、交換条件を出したんだ。
 俺が庇護下に入るのに、俺の提示する条件を飲んでもらえるようにってな。
 無理かと思ったんだけど、結構 あっさりと飲んでくれてさ。
 まぁ、腹に1もつ2もつどころか、下心満載かも知れないけど、
 今の俺には、条件を飲むしか手がなかったんで、話に乗った。

 薄々は、なんか気づいてるんだろうけど、全部を理解できてるわけじゃない。

 だから、この話をしたのは、あんたが最初で、そして、最後になる」

それは、ロイが最後の頼み綱だと言う事でもある事を
エドワードは言外に匂わせている。

ロイは、正直戸惑っている。
エドワードの信頼は、嬉しいと思う反面、どうしてそれほどとも思う。
二人が知り合って、まだ、1月と時間は過ぎては居ない。
自分がエドワードに信頼を築いてもらえるほどの、何かを与えれたとは
当然、思えないのだ。

そんな思いが、自然と言葉として零れる。

「一体、どうして私に、そんな危ない話を・・・?」

ロイの地位に居れば、エドワードに害なす存在にならないとも言い切れない。
自分の野望の障害物として排除するかも知れないし、
目的の手段として、取り込もうとするかも知れない。
・・・手に入らなければ、不安要素として抹消する事も・・・ないとは言い切れないのだ。

そんな自分に何故?

戸惑うロイに、エドワードは自分自身不思議だというような表情を浮かべる。

「なんでだろうな・・・?
 
 あんたが、俺に家を与えてくれて、俺の部屋も与えてくれた。
 あんたも気づいてたんだろ、俺が選んだ最初の部屋を見て。

 俺には何もない。 持っているものだけじゃない、この身体の中も
 空っぽなんだ。
 何にもなくて仕方ないんだ・・・俺は、それだけの事をしてしまったから。
 だから、俺の持ってるものは全て引き渡さないといけない。
 それが、俺がしでかした事に対する等価交換だ。

 だから、今の俺じゃあ扉の前にたっても、開かないんだ。
 何度も行ってみた。 扉を叩いて、叫んでもみた。
 でも・・・、扉はうんともすんとも反応しなかった。

 俺にあるのは、この身体だけなのに、それさえも無力すぎて。

 あんたは、そんな俺に気づいていても、俺を人として接しようとしてくれた。
 だからなのかな・・・」

もう誰も、自分さえ、自分の存在を見捨てていた中で、
ロイだけが、気づき、拾い上げてくれようとした。
エドワードが忘れかけていた、自分が生きた人間である事を思い出させるように。

そう語るエドワードを見ながら、ロイは扉の前に座り込んで啼いていただろう彼を見る。
全てを投げ出して、それさえも拒否されて、彼はどんな悔恨を抱えて啼いていたのだろうか。
打ちひしがれ、絶望に彷徨い、自分自身の存在さえ消してしまう程の
苦しさ、哀しみを抱えた彼を、それでも生きながらえさせているのは、
弟を取り戻すという、執念だけなのだろう。

「・・・あんたは、俺を家族と言ってくれた。
 本当は、そんなことを言ってもらえる人間じゃないことはわかってたけど、
 でも、嬉しかったんだ。
 あんたが、そう言ってくれたのが」

そんな事を、哀しい瞳で微笑む彼が・・・。

ロイは、胸が詰まるほどの想いで、エドワードを見つめる。
言葉はすでに、語る事さえ出来ないほど、
この目の前の哀しく寂しい、そして強い子供に惹かれ、
愛しいという気持ちを溢れさせている。

自然と伸ばされた手が、腕が、彼を絡み取る。
ロイは、まるで自分を抱きしめ、力づけるように力を籠める。

『大丈夫だ。 私は君を見捨てはしない』というように。

誰からも外れてしまった小さな子供は、
たった独りになってしまった孤高の生き物だ。
仲間も、生きる世界も失い。
それでも、地に足をつけて立っている。
決して、挫けない、跪くまいと。

そんな子供を、どうして見捨てておけるだろうか・・・。

そんなロイの中に生まれた感情は、紛れもない愛情だった。







 


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